2月最後の金曜ドイツ体験は            第2次大戦空爆避難所の見学

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防空壕、、、壕ではなく避難所なのです。
天井の厚さ約 3メーター 壁の厚さ 1.5メーター 3階建て地上20メートルの高楼勿論頑丈な地下室の基礎の上に建てられた、我ここにありと威風堂々と誇りをもって空中にそびえるビルディング、、、空爆避難所。
私が1966年にドイツ生活を始めた頃は、至る所と言っても大袈裟ではない程、空爆避難所を目にした。
戦後、連合戦勝国がただちに取り去る事を指示したが、戦後の住宅難から避難所を仮の住み処としなければならない引き上げ者等の問題から、又その後間もなく東西冷戦の問題が浮上し、再利用という考えから徹底した取り除きがされないままだったが、その問題も時世に合わなくなったのか、気がついてみると、いつの間にやら殆どお目にかからない存在となっていた。

現在、記念建造物指定になった歴史の証言は主に郊外で稀にお目にかかる事ができる。

写真はその中の1室。
ベット数としては6人だが、8人はこの1室に避難し空爆終了サイレンを不安と恐怖の中で安全に家路につける事を、ただただ ひたすら祈っていた。
重要書類、どうしても失いたくない思い出の品、簡易コンロ、食器、共同お手洗いは勿論備え付けてあたが子供用に尿瓶などを8人が持ち込むので足の踏み場もなかったようだ。

ドイツでは1年に5つの季節があります、、、、今日はその5番目の季節を祝う日、つまりカーニヴァル

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カーニヴァルの初日は11月11日 11時11分11秒11,11,11,11、に幕上げされ、年を越し今日カーニヴァルで有名なお祭りが約 1週間繰り広げられる。
今日はその初日、旧市街の市庁舎で市長が開幕式と同時に女性に市の鍵を渡し、第1日目は女性が全ての権力を掌握する日となる。
女性はこのアルトヴァイバーファストナハトの日には男性の象徴であるネクタイを切る習慣があるので、この日は男性は切られてもよいネクタイをしめて戦地に赴く、、、切られたネクタイのその代りと言えるのか、、、頬にキスのご褒美が@@@@@@@
午前10時30過ぎ、既に街並みはカーニヴァル風景、、、店は3-4割ほど閉店ではあるが、道路、電車は仮装した老若男女の群れがいつもと違い日本のラッシュを思い出させる程の混み様。
リタイヤー年齢から15,6歳までの年齢層が、皆、年相応にはしゃいで風船のように陽気にウキウキとしていた。
幼児、子供の姿は全く見当たらなく、子供の世界と大人の世界をはっきりと区画整理する、ドイツの社会の一面をはっきりと映していた。

タイムマシーン特急号で八千年の足跡を巡礼の旅、陶磁器博物館

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2月21日金曜日は先週のガラス博物館に引き続き、陶磁器博物館の訪問をした。
博物館は土器、陶器、磁器の八千年の歴史の足跡を21世紀の現代の日常の中で接する事のできる貴重な空間だった。
ガラスの歴史とは異なり、磁器の歴史は1700年代に入るまで磁器の技術のなかった西洋では中国、日本、特に1600年代に入り、ヨーロッパの王侯貴族が競い合って、日本の磁器、伊万里焼を求める事に血道をあげた、割合日本人には馴染みのない既に「秘話」と言っても差し支えない *秘話* は参加者にとって日本の美と技術を再発見する良い機会でもあった。
タイムマシーン特急号で八千年の足跡を3時間で巡礼した、、、快い疲れと共に家路に。

来週も引き続き博物館訪問、、、チョッと変り種の博物館、、、ご期待あれ。

写真は17世紀パキスタンのファイアンス、、、 現代、跳梁跋扈とした不穏な現状のパキスタン。